●私たちの財部町
町名の由来


 敏達天皇の時代(六世紀後半)に、豊穣を願って日の御子とされる穀霊を招き降ろし、朝日が直射する東向きの神聖な地で、日の恵みをいっぱいにうけて実り、収穫された稲を供えて祀(まつ)る、新嘗(にいな)めの儀礼を司る日奉部が財部に置かれ、のちに「財日奉部(たからのひまつりべ)」と称されるようになりこれが起源であるといわれています。
 この、日まつり信仰の日迎えは、郡内で最も高く神聖な地とされる白鹿岳で、真夜中から壮大で幻想的に火を篝火(かがりび)のように焚いて行なわれたと伝えられています。